訪問看護徒然日記_2025.10


お別れを

お終いには

しないから

「またね」と返す

祈りのように

ようこ

 

肺癌末期の彼女とは

看護訪問を開始した日に約束していた

 

「いつか家でひっそりと死にたいのよ」

 

一人暮らしで猫が2匹

息子さんは海外に所帯を持っている

 

その「いつか」という約束は

今日 果たされた

 

抗がん剤治療のために

大学病院に通い

入院もしたが

治療の効果は得られず

 

緩和ケアのために退院して

訪問診療に切り替えた

 

在宅酸素と

経口での麻薬服用

早朝になると呼吸困難は強くなる

 

一人暮らしでは

不安も大きかっただろう

それでも彼女は

ついに一度も

緊急コールすることはなかった

 

飲食や服薬やトイレが

一人では難しく

呼吸困難感がさらに強くなった頃

息子さんが帰国した

 

息子さんは

彼女の意思を尊重し

トイレに通うお手伝いや

食べたいものを用意し

お薬を飲ませた

 

「人目につきたくない

 こんな情けない姿は

 他人に見せたくない」

 

そんな彼女のために

夜になってから

車椅子で桜を見に

連れ出した

 

「海外生活の長い息子に

 さまざまな手続きなど

 面倒をかけたくない」

 

だから彼女は

息子さんが来る少し前に

自身で

弁護士に会い

葬儀屋さんと打ち合わせし

猫の次の飼い主を見つけた

 

「癌も悪くないわね

 自分の後始末ができるんだもの」

 

会話すら苦しい状態で

彼女は涙ぐみながら

そう話していた

 

呼吸困難感を緩和させるために

麻薬の持続注射を行い

痰が絡めば痰吸引を行う

息子さんの疲労も強く

夜間はよく眠っていただくための

鎮静剤の投与も始めた

 

酸素を10 L投与しながら

訪問入浴も2回入れた

 

滞在が長引いた息子さんは

一度海外に戻らなければならない

 

「いつも見送られるのが嫌だと

 必ず僕を見送る人だった

 だから

 最期のお別れも

 見送られたくないのかも」

 

苦渋の決断をして

息子さんは海外の自宅に戻った

 

それから二晩…

 

今朝

担当のスタッフが訪問している間に

彼女は旅立った

 

「あなたを待ってたのね」

 

スタッフも頷く

 

すぐに駆けつけて下さった医師の

死亡診断の後

スタッフから引き継いで

エンゼルケアを行う

 

バリカンで剃髪し

白喪服に白袴を着せる

 

化粧はせず

耳朶にほんのり紅を入れる

 

「死んだら白袴を着せて

 剃髪して

 化粧はしないで」

 

彼女との

もうひとつの約束も果たした

 

「今度生まれ変わるなら

 辛い思いをしないで済む

 無機質な物がいい」

 

それほどに辛い人生だったのだろう

 

それでも

献身的に彼女を介護した

息子さんの姿を見ると

彼女の母としての愛は

しっかりと届いていたと感じる

 

そして

彼女の一生を考えれば

短い関わりにしか過ぎない私たちも

たくさんのことを教わった

 

「ありがとうございました

 またね」

 

そうお声をかける

 

彼女の魂が

安らかに穏やかに

神上がりすることを切に願いながら

 訪問看護ステーション凛

所長 野上 陽子


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