新緑がまぶしい季節となりました。皆さま、いかがお過ごしでしょうか。
今回は、事務長の大西よりお届けいたします。
訪問看護ステーション凛では、医療的ケアや生活支援だけではなく、精神科訪問看護にも力を入れております。
そんな中、最近、利用者さまご本人より、
「自分の経験を誰かのために役立ててほしい」
「訪問看護を必要としている人へ届けてほしい」
という、とてもありがたいお申し出を立て続けにいただきました。
精神疾患は、外からは見えづらく、苦しみが誤解されやすい領域でもあります。
しかしその一方で、適切な支援や “伴走” によって、少しずつ人生を立て直していけることも、私たちは日々の訪問の中で実感しています。
今回は、ご本人の強いご希望により、その言葉をできる限りそのまま掲載させていただきます。
なお、今回掲載する文章については、表現・言い回し等も含め、ご本人の原文を尊重し、ほとんど修正を行っておりません。読みづらさも含めて、その方の「生きてきた軌跡」として受け止めていただけましたら幸いです。
【Aさん】
『野上さんと歩んだ6年。双極性障害の嵐を乗り越え、穏やかな今を生きる』
私は双極性障害を抱え、訪問看護さんたちと共に歩んできて6年になります。
かつての私は、自分自身をコントロールできない嵐の中にいました。躁状態になれば見境なくお金を使い込み、ついには自己破産。一転して鬱の底に沈むと、「死にたい」という衝動から家族も直視できないほどの激しい自傷行為に走りました。
精神科への入退院は数えきれず、当時は「これほど手のかかる患者はいない」と言われるほど荒れ、周囲に暴れてばかりいたのです。
そんな私が、今、信じられないほど穏やかな日々を過ごしています。
あんなに繰り返していた入院も、気づけばもう3年間一度もしていません。病院ではなく、自分の家で、自分のリズムで通院生活を継続できています。
この安定を支えてくれたのは、訪問看護での「認知修正」と、そして「薬」との真剣な向き合い方でした。薬の調整には人一倍こだわりがあり、上手くいかない時期もありましたが、根気よく向き合った結果、今は毎日欠かさず服用できるようになっています。
今、こうして安定した毎日が過ごせるのは、支えてくれた家族、主治医、そして訪問看護の皆様のおかげです。
かつては嵐の中にいた私が、今は充実した毎日の中で、新緑の季節を美しいと感じ、その幸せを噛み締めています。そんな当たり前のような穏やかさが、今の私には何よりの宝物です。
訪問スタッフの皆様、本当に感謝しています。そして、これからも皆さんと共に、一歩ずつ頑張っていきたいと思っています。どうぞこれからも、よろしくお願いします。
【Bさん】
『地獄の日々に現れた「教官」|訪問看護と歩んだ認知修正と再生記録』
※こちらは大変読み応えのある長文のため、原文は下記リンクよりご覧ください。
▼原文はこちら▼
https://docs.google.com/document/d/1EntbjW5_9-J8oFbLK1Q_R9_Zi1HZZvUtXbMuwaTGDao/mobilebasic
※追記【R8.6.1】
リンクから読むことができない、というお声をいただきました。原文は大変読み応えのある長文となっており掲載しきれないため、原文の趣旨や語り口を尊重しつつ、ブログ掲載用に一部を抜粋・編集して以下のとおり掲載させていただきます。
【抜粋】
はじめまして。
訪問看護ステーション凛さんに、10年ほどお世話になっている利用者の一人です。
今回は、精神障害により毎日が苦しくて仕方なかった私が、訪問看護を通してどのように再生してきたのかを、少しだけお伝えさせていただきます。
私が最初に訪問看護をお願いしたいと助けを求めたとき、口にした言葉は「やりたいことに取りかかれません」というものでした。
けれど、訪問看護師さんが蓋を開けてみると、その裏にはもっと大きな問題が隠れていました。
まず、生活基盤が大きく乱れていました。
寝る時間も起きる時間もバラバラ。過食嘔吐や水分の摂りすぎ、排泄の乱れ、服薬時間の乱れもありました。
それでも当時の私は、それを「問題」として捉えることができていませんでした。
訪問看護師さんから最初に言われたのは、
「体と心はつながっている。生活基盤を整えないと体調が整わない」
「体調が整ってこそ、メンタルも整ってくる」
ということでした。
また、生活基盤だけでなく、思考の基盤も乱れていました。
人の顔色を常にうかがい、自分を犠牲にしてまで人に尽くそうとする。ささいなことで感情が爆発する。まだ起きてもいないことを先読みして、不安で仕方なくなる。
そんな私に、訪問看護師さんはこう言いました。
「何も起きていないのに、毎日正体不明のものと戦っている」
「敵が見えなければ、怖いだけで戦いようがない」
「敵を見えるようにしていきましょう」
振り返ると、このとき初めて「この地獄から出られるかもしれない」と希望を持ったことを覚えています。
訪問看護師さんとの関わりの中で、私にとって大きな支えとなった言葉があります。
一つは、
「食う・寝る・出すを整えて」
という言葉です。
訪問のたびに、何度も何度も伝えていただきました。
私はこれを、回復の扉を通るための合言葉だと思っています。
「生活基盤なんてどうでもいい。とにかく動けるようになりたい」
そう思っていた私に、看護師さんは、
「緩んだ地盤に、どれだけ立派な家を建てようとしても建てられない」
「まずは生命の基盤を整えること」
と教えてくれました。
最初は、寝る時間を整えることから始めました。
眠れない理由、夜ふかししてしまう理由を一つずつ一緒に見つめながら、認識を少しずつ上書きしていきました。
その結果、今では寝る時間も起きる時間も整うようになりました。
しっかり寝られるようになったことで、長年苦しんできた過食嘔吐も少しずつ減り、最終的には止まりました。食が整うことで排泄も整い、生活全体が連鎖して整っていくことを実感しました。
もう一つ、大きかった言葉があります。
「心の中は無限に自由」
「思ってはいけないことは何もない」
という言葉です。
私はずっと、心の中まで“いい人”でいようとしていました。
怒ってはいけない。誰かのせいにしてはいけない。嫌なことを思ってはいけない。そうやって、自分の気持ちを押し込めていました。
そんな私に、看護師さんは、
「一度、全部お母さんのせいにしていい」
「あなたのせいじゃない」
「心の中で思ってはいけないことなんて何一つない」
と伝えてくれました。
心の中で何を思っても、誰にも迷惑はかからない。
自分で自分を咎める必要もない。
そのことを知ってから、私は少しずつ心の自由を取り戻していきました。
もちろん、心の中で自由に思った後は、相手の都合も考えます。
でも、最初から自分の気持ちを押し殺して相手の都合ばかり考えるのではなく、まず自分の気持ちを認める。そうすることで、怒りをため込まず、健全な大人対応ができるようになっていきました。
「食う・寝る・出す」
「心の中は自由」
この二つを中心に、訪問看護師さんの言葉を一つずつ実行していった結果、あれほど苦しかった症状は少しずつ弱まっていきました。
もちろん、長年かけて身についた考え方は、数か月で魔法のように変わるものではありません。訪問のたびに、何度も何度も繰り返しご指導いただき、自分でも意識して、少しずつ考えを上書きしてきました。
その変化は、目に見えないほど小さなものの積み重ねでした。
けれど気づけば、それは大きな好転になっていました。
今の私は、まだ「200%思考」という大きな壁と向き合っています。
何でも完璧以上に、限界を超えてやり遂げなければならないという考え方です。
今はその思考を卒業し、「60%で生活すること」を目指して、まだまだ奮闘中です。
長年のクセは頑固で、私はまだ発展途上です。
それでも今の私には、信頼できる“教官”である訪問看護師さんがいます。
いつか一人で立てるように。
いただいた言葉とご指導を大切にしながら、これからも地道に続けていこうと思います。
原文もすべて拝読いたしました。
「認知修正」「食う・寝る・出す」「心の中は無限に自由」など、ご本人が訪問看護を通して積み重ねてこられた思考と回復の軌跡が、ご本人の言葉で丁寧に綴られています。
精神科訪問看護は、「ただ優しく寄り添うこと」だけではありません。
- 時には一緒に悩み、
- 時には生活を整え、
- 時には認知や考え方そのものを、一緒に見つめ直していく。
そうした積み重ねの先に、「もう一度、自分の人生を取り戻していく過程」があるのだと思います。
今回、勇気を出してご自身の経験を共有してくださった利用者さまに、心より感謝申し上げます。
この文章が、今まさに苦しんでいるどこかの誰かにとって、「助けを求めてもいい」
そう思える小さなきっかけになれば幸いです。
訪問看護ステーション凛
事務長 大西 肇

